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明智光秀の合理性と唯物主義

*最初にアップしたとき、何を勘違いしたのか兵庫県と書いてしまった。いうまでもなく福知山市は京都府です。

 物語に登場する織田信長は近代的な合理主義者で、神仏を恐れぬ乱世の梟雄として描かれることが多い。一方その家臣であった明智光秀は、伝統的な権威を重んじ、また神仏や学問にも敬意を払い、何かにつけ信長と対立し、比叡山焼き討ちにも批判的であったかのように描かれている。しかし、明智光秀もなかなかの合理主義者で、神仏など屁とも思っていなかったようだ。その証拠の一つが京都府福知山市の福知山城に残っている。

福知山城天守

 写真は明智光秀の居城福知山城の天守。光秀の死後、主が次々に変わり、江戸前期に朽木氏が土浦から転封してきて、そのまま代を重ね明治を迎えた。朽木時代の福知山藩は3万2千石。その身代では大き過ぎる城だ。御殿に人が住めるよう維持するだけでも藩の財政を圧迫したことであろう。
 明治になると政府の廃城令で建物は民間に払い下げられ、城の建つ丘陵地も本丸以外は削られてしまった。今見られる天守は、江戸時代の絵図を基に復元されたもの。中身は鉄筋コンクリートだが、外観は専門家による時代考証がなされ、古風な下見板張りの望楼型天守になっている。観光用の白亜のコンクリ天守とは一線を画す仕上り。

 城そのものは中世からあったようだが、石を積んだ織豊時代らしい城郭に改修したのは光秀とされている。その際、支配地の寺からも石材を集め、石垣の一部とした。集めた石には多くの五輪塔や塔婆が含まれている。つまり、寺に行って墓石を引き倒し、自分の尻の下に敷いたというわけである。

 江戸中期に書かれた丹波地方の地誌「丹波志(福知山藩士古川茂正・篠山藩士永戸貞著)」に、光秀は築城の際に福知山で石を集め、今も天守台の石垣に法名を刻んだ石塔や五輪塔が散見できるとある(原書未確認なので孫引き)。
 丹波志(永戸貞著、古川茂正 編)
 この石垣は今も残っているので、古川や永戸の時代と同じように見ることができる。

福知山城石垣

 ↑ こんな感じで寺から奪ってきた石が他の石に混じって積まれている。そのほかにも発掘調査で多数発見され、その合計は500個もあるという。そのうち多数を占めるのが五輪塔で、墓や供養塔として用いられていたものだ。最も古い碑文は延文4年(14世紀の中頃)で、新しいものでも光秀が生きた時代以前のものであると解説板にある。発掘された石は本丸の片隅に並べて置かれていた。↓

福知山城転用石石塔

 こうした石材の転用は各地に見られるが、これほど多いところも珍しい。
 寺から石材を接収してくるのは、経済性や工事期間短縮のためではない。この程度の数では大してメリットがあるとはいえないだろう。それよりは、油断すると宗教的権威で領民を支配してしまう寺院に圧力をかけ、新しい領主となった光秀と領内寺院の力関係を明確にしておくデモンストレーションの一種と考えた方がよい。
 古くから大寺院は僧や信徒を将兵として武装し、土地の支配を巡って領主と激しく対立してきた。だから戦国時代の大名にとって、領内の寺院をいかにおとなしくさせておくかは、重要で優先順位の高いテーマであった。
 また、家臣や住民に対しては、自分が神仏と対等以上の支配者であることを誇示すこともできる。
 秋川雅史が「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません、眠ってなんかいません」という歌をヒットさせ、墓苑業界を慌てさせたが、石は所詮石でしかない。光秀だけでなく戦国武将の多くがそんな認識の下で動いていたのである。
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Comment

No Title

全体像を見るときれいに積まれてるように
みえる石垣、拡大すると墓石の四角や丸い石
の間には隙間もあるし、よく崩れないんですね。

学校の話ですが、近所にある学習塾2軒(戸建ての)
がやけにデコラテイブで(あ、バスの窓から見える「幸福の科学」の建物も)
玄関の庇、飾りの円柱等々、もしかしてかつての
建学の志を形だけでも受け継ごうとしたのかしら~~
と思ってしまいました。
でもまるでミニュチアのおもちゃの建物のようで
実際は醜悪にみえます。

Re: No Title

> 隙間もあるし、よく崩れないんですね。

 こういう石をほとんど加工せずに積んだ石垣は「野面積」といって、一見雑に見えますが、これはこれで独自のノウハウがあり、とても頑丈で、しかも水はけがよいので大雨でも建物の下の土が緩むことがありません。

> 学校の話ですが、近所にある学習塾2軒(戸建ての)
> がやけにデコラテイブで(あ、バスの窓から見える「幸福の科学」の建物も)

 近代建材でハリボテの洋館などを建てるのを、ディズニーランドの建物に例えて、ディズニーランダゼイションと呼ぶのだそうですが、日本人はああいうのが好きなんでしょうかね。
 コンビニで売ってる寿司や弁当の容器で、染付け磁器や漆器の柄が印刷されてたり、ペフ板に木目が印刷されてるのありますよね。あれも同じようなメンタリティですよね。
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Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
現住所 : 東京都
1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
分野は生物学系

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