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瓦道楽武士

 高知市には全国に12か所しかない現存天守と、4か所しかない御殿がある。そちらはいろんなものに出ているので後回しにすることにして、高知城のついでに行った手嶋さん家のお屋敷が面白かったので今回はその話。
高知城天守 手嶋家玄関
高知城木造現存天守     手嶋家屋敷の玄関

 手嶋家の初代とされる手嶋重次は、戦国末期の騎馬武者で、司馬遼太郎の「功名が辻」で有名な戦国武将、山内一豊に馬廻りとして仕えた。ただし子飼いではなく、戦力充実のために慶長5年(1600年)から、知行200石で能力を買われたプロ。
 慶長5年といえば関ヶ原の合戦の年。武者の需用が高まることを察した連中が、情報や活躍の場を求めて京や大坂に集まっていた。仕官前の手嶋重次もそんな連中の一人であったと思われる。
 一方、山内一豊は、徳川家康に急接近し、その立場を固めるべく策を労していた頃で、豊臣と徳川の権力抗争に対応するため、自軍の充実を図っていた。
山内一豊
高知城の山内一豊像
 本番の関ヶ原では、華々しい活躍のなかった山内軍ではあったが、存在感は十分に示したらしく、家康から西軍の有力大名であった長宗我部盛親の領国、土佐を与えられた。それが山内土佐藩の始まりで、重次も主について土佐に入っている。
 その後の土佐は決して平穏ではなく、山内氏の圧政に対し長宗我部の遺臣が激しく抵抗した。一豊は影武者を何人も用意しなければならなかったというから、警護にあたる馬廻り衆には戦国さながらに活躍の場があったのだろう。
 その後、主家も手嶋家も代替わりしたが、明治維新まで主従の関係が続く。現在見られる屋敷はその途中、1700年代の初めに建てられたという。

 屋敷には明治時代まで手嶋家の子孫が住んでいたが、その後放置されて老朽化が進み、市の文化財案内によれば昭和が終わる頃には「荒廃の極み」に達したという。幸いなことに1988年頃から手嶋屋敷の保存運動が起き、1996年県が文化財に指定。安政2年(1855年)の大改築の記録を基に解体修理がなされて往時の姿をとりもどした。
手嶋家長屋門 手嶋屋敷書院
手嶋家屋敷長屋門     書院

 手嶋家代々クラスの武士は、有事の際には従者を連れた騎馬武者であるから、長屋門や厩のある屋敷を構え、馬に乗ることが認められる。しかし200石の収入は、そうした体面を保つギリギリの額といわれ、厩はあっても馬がいないという武士も多かったようだ。実際の手嶋家の経済状態はよく分からないが、屋敷の充実ぶりを見ると、200石の知行のほかにも、副収入が相当あったのではないだろうか。
 武士の知行と実際の収入は必ずしも一致せず、100石でも立派な屋敷に住んだ者もいれば、300石でも貧しい暮らしを強いられた者もいる。下は信州松代10万石の家臣の白井家の長屋門。知行100石にも関わらずこの門構え。役職は真田家の「御金奉行」だったから、相応の役料を与えられていたのだろう。
松代白井家
信州松代藩白井家長屋門

 下の写真は手嶋家の長屋門の屋根を拡大したもの。屋敷の管理をされている方に指摘されるまで気がつかなかったのだが、ごらんの通り凝った瓦の葺き方をしている。一般的な瓦の並べ方との違いがお分かりいただけるだろうか。
 中央に1列だけ並べた平瓦を中心に、左右対称の桟瓦で葺いている。普通の桟瓦は下から見て左に桟がくる「へ」の字型だ。右に桟がくる桟瓦は珍しい。特注品かもしれない。
 管理人さん説明によれば「ここは台風が多いので、こうすれぱどちらの風向きにも強くなります」とのことだが、そんなことはないと思う。瓦が飛ばされるような風が吹けば、どちら向きでも飛ぶだろうし、桟の向きより固定方法が大事だ。これはやはり手嶋家主の美意識なのだ。すでに瓦が普及していた幕末とはいえ、高価であったろう。それをふんだんに使い、しかも美しく見せるために(あまり目立たないが)瓦の種類を増やしている。竣工して悦に入る手嶋家主人の顔を想像すると楽しい。
手嶋家瓦

 このことをふまえて、上の白井家長屋門の瓦を再度ご覧頂きたい。白井家でも凝った形の屋根を拵えているのが分かる。江戸後期~幕末の中級以上の武士にとって、門の屋根に凝るのがステータスの一つだったのかもしれない。
 これが家老クラスになるとお城やお寺のような本瓦で屋根を葺くものが現れる。下は日本で一番有名な家老職、大石内蔵助(1,500石)屋敷の長屋門。ただし大石内蔵助が仕えた浅野家は断絶しているから、この門は赤穂藩を受け継いだ森家の家老が幕末に改築し、さらに最近大石氏の巴紋の瓦に替えてそれらしくしたものだ。大石時代の屋根がどうだったかは分からない。
大石長屋門
赤穂藩家老長屋門

 ちょっと地味なネタだったのでオマケ。これは手嶋家の屋敷に使われている釘隠し。手嶋家の家紋の橘が使われている。面白いのは玄関にだけ見られた蝶の釘隠し。定紋が橘で替紋が蝶なのか、そのあたりは分からないが、橘に蝶といえばアゲハチョウである。アゲハの幼虫は橘の葉をむしゃむしゃ食べるからつじつまが合う。
釘隠し蝶 釘隠し橘 釘隠し六葉
釘隠し蝶          釘隠し橘           釘隠し六葉



 
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楽しく拝見

建築関係の話題大好きです。
当地では瓦屋根、純然たる和風建築物は
ごくまれにしか見かけません。
釘隠しという物は初めて見ましたが釘の頭を
隠す飾りですか?

釘隠し

http://goo.gl/paVg7
最近の住宅にはあまり使いませんから知らない方も多いですね。
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プロフィール

Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
現住所 : 東京都
1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
分野は生物学系

写真は特にクレジットや注釈がない限り筆者の撮影です。記事や写真についてのお問合せはなんなりと。
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