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文化財

ダムによる景観論争の古典

 岐阜県立自然公園の恵那峡は、水力発電用の大井ダムによってできた人造湖である。奇岩に囲まれた美しい湖ということになっているが、本来の自然景観は湖底にある。

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恵那峡001

 恵那峡は人造湖でも名勝となり得る例として挙げられることが多いが、ダムが完成(1924年)した当初には、元々あった川の美しさを破壊したという批判もあった。また付近に地元の用水取水口があったため、住民との紛争も起きているが、そちらは実利問題であるので、割とすぐに解決したようだ。
 景観問題は、結論を出しにくいものではあるが、結局は建造物の必然性と、建てる人や見る人のデリカシーの問題ということは言える。筆者は基本的に、誰かが目障りと感じるものは建てるべきではないと考えている。もちろん必要な物は建てないと暮らせないので、できるだけ目立たないよう、周囲の風景にいかにうまく溶け込んでいるかというところに、オーナーや設計者の知性が現れるのだと思う。また、自然の中に建てる場合は、景観だけでなく生態学的な配慮が重要なことはいうまでもない。

大井ダム001

大井発電所002

 さてそこで、大井ダムと大井発電所はどうかというと、歴史的価値と必然性という点で及第点といえるのではないだろうか。日本の近代化に多大な貢献をした産業遺産の一つである。
 幅約270m、高さ約53mの堂々たる重力式ダムであるが、後に造られた100m超級のダム群に較べればかなり小ぶりで、時代を経たコンクリートの風合いも、周囲の岩肌との調和がとれているように感じられる。コンクリートや石材、煉瓦などの経年変化は「違和感」をある程度はカバーしてくれるようだ。ただし、時代的に河川の生態系への配慮は全くなされていないので、できればダム下に注ぎ込む支流(阿木川)とダム湖の間に魚道を通せないかとは思う。

導水管001

 落差は約42mと小さいが、最大約140㎥/s(毎秒ドラム缶70本分)の流量を持つ導水管がたくましい。最大約52,000kW(運転開始当初は約4万kW)の発電能力を持ち、1924年(大正13年)の運転開始以来、90年近く働き続けている。
 当初から地元の中部ではなく京阪地区に電気を送り、現在も中部電力ではなく関西電力がそのまま(もちろん発電設備は更新されているが)運用している。1983年には隣に新大井発電所が増設され、そちらは最大約32,000kWの発電能力がある。
 このダムと発電所を造ったのは、福澤諭吉の養子で電力王と呼ばれた実業家、福澤桃介である。桃介については、同じ木曽川沿いにある読書発電所を紹介するときにでも詳しく紹介したい。

大井発電所紀功碑表

 上は発電所にある大井ダム・発電所の紀功碑「普明照世間(あまねく世間を明るく照らす)」で、岩崎紀博によるダム・発電所の建設記録が刻まれている。岩崎家は福澤桃介の実家であり、桃介は貧しい分家の出身であったが、本家は川越の名士で、銀行を経営に参加したり文化人を何人か出している。福澤諭吉との結びつきも深く、岩崎家と諭吉の書簡も残されている。紀博がどような人物であったかはよく分からなかった。碑の裏には工事関係者のレリーフがはめ込まれている。

奥戸発電所001

 見落としがちだが大井発電所の対岸にもう一つ小さな発電所がある。こちらは500kWの小規模発電所で、ダムを造らず川の流れを集めて直接水車を回す仕組み。大井ダムの工事用に造られたとされる。現在は中部電力奥戸発電所となっているが、電力的にはほとんど戦力外といえるだろう。ただし大井ダム関連の歴史遺産としての価値は高い。
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Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
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1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
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