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文化財

文化財汚損の千社札などやめちゃえば?

 このクソ暑いのに関東の内陸部に行くハメになった。首都圏のヒートアイランド現象の影響で、その暑さが苛酷になりつつあるエリアである。さっさと用を済ませて帰ればいいものを貧乏性が災いし、またしてもあちこち見学に歩いてしまった。暑さのせいか全てが楽しい旅行とはならず、イライラさせられることも多かった。

 その第一は群馬県の富岡製糸工場における歴史歪曲姿勢であったが、この話はかなりややこしいので、涼しくなって元気があれば書く事にする。単純明快にイライラさせられるのが、重要文化財への無数の落書き(書くより破損の度合いが高い楽刻り)である。
 その現場は、碓氷峠(ウヒョ~峠ではなく、うすい峠ね)の旧信越本線碓氷第三橋梁、通称碓氷めがね橋だ。

碓氷第三橋梁

 この橋は日本の近代化遺産(橋梁部門)の精華である。4連アーチで全長約90メートル。川底からの高さ約30メートル。1893年に完成した煉瓦作りの鉄道橋で、力強さと美しさを兼ね備えた名作である。
 この橋を見るまでは、琵琶湖疎水の南禅寺水路橋「水路閣(全長は碓氷峠とほぼ同じだが、高さは8メートル以下と低く、平坦な寺院の敷地内にある/下写真)」が一番だと思っていだが、見上げる者がウヒョ~っと声をあげ圧倒される迫力と立地のよさでキング・オブ・煉瓦橋の称号をこちらに鞍替えすることにした。そして装飾の美しい水路閣にはクイーン・オブ・煉瓦橋の称号を貰ってもらうことにする。何の権威もない筆者独自の称号だけど。

南禅寺水路橋

 これらの橋は見学者が自由に触れられる状態で保存されている。これは本当にありがたいことだ。しかし残念というか腹立たしいことに、碓氷峠の橋脚の煉瓦には名前を刻み付けていく奴らが跡をたたないのだ。日本の近代化遺産を代表する重要文化財になんてことをしやがる。文化財保護法違反となる行為だから、ここに刻まれた名前は愚かな犯罪容疑者の名前である。

碓氷峠落書

 世界の観光地や遺跡にはこうした落書き、楽彫りの類いが数多く見られる。もちろんポンペイの落書きやロンドン塔の監獄の落書きみたいに、歴史資料として価値がある落書きもあるにはある。しかし、文化財や公共物に書かれる現代の落書きは一貫して否定され犯罪と認識されている。よって現在の落書きは単純に根絶すべき「悪」といってよいだろう。
 2008年、イタリアの文化財に落書きをして解雇された教員や退学になった日本の学生がいたが、イタリア人は文化財への落書きに対し比較的寛大であり、日本の処分の厳しさに驚いているといった報道がなされた。しかしながら落書きされた文化財の管理者は、落書きに鈍感なイタリア人への警鐘であると発言している(いずれも当時の新聞報道)。

 見たくないものを無理に見せるのは視覚への暴力である。特に文化財や古典的美術品は調和のとれた美しい物を見たいという気持ちが強く働くので落書きの攻撃力は大となる。百歩譲って芸術的落書きというものが存在したとしても、そのキャンバスとなるのは先人の「作品」なのであるから、それは作品製作のルールを逸脱した暴力的行為であることに変わりはない。今は合法的に新しく建築される建物のデザインですら、周囲の景観への配慮が求められるのだ。

 碓氷峠第三橋梁自体が自然景観の破壊になるかどうかの議論は長くなるのでまた今度。

 文化財や観光地で目にする多数の落書きには、それを書いた個人の幼稚な自己満足以上の価値は認め難い。さらに乱雑に煉瓦や石を削れば、その文化財の強度や耐性に影響を与えることが知られている。これは文化財に放火するのと本質的に変わらないだろう。落書きならノートか自分の家の壁にしてくれ、なのである。

 ところで、日本の寺社には千社札というものが数多く貼られている。参拝記念に貼られる自分の名を刷った小さな紙辺である。かつて信仰形態の一つとして木札を奉納することが行われ、それが紙の普及とともに建物に紙札を貼るようになったといわれている。やがて札のデザインに凝るようになり、信仰ではなく遊びとして普及したらしい。現在も千社札の同好会などがあり盛んに貼られている。ある千社札好きの芸人に話を聞いたら、自分のは昔ながらの木版刷りの和紙を糊で貼る本格派。最近多い印刷機で刷ったシールとはモノが違うし、材木を傷めないと自慢していた。また、長い年月で紙が腐食して文字だけが木の表面に残る「抜け」が理想であるとも。

千社札3

 江戸時代の札には文化・風俗資料として貴重なものもあり、美術的な価値を持つものもあるが、現在それを模した紙を貼る行為は、名所旧蹟に自分の名前を残す落書きの一種であると思う。和紙も洋紙のシールもその本質は大して違わないのではないだろうか。
 千社札を貼る事でどんなカタルシスを得るのかは知らないけれど、その精神構造には碓氷峠の橋梁に刻み付けられた名前や日付に共通するものがあると思えてならない。
 札をスクラップブックにコレクションしたり、自分の持ち物に貼るのは勝手だが、伝統文化の継承と称して寺や神社の柱や梁にペタペタ貼るのはもうやめた方がいいと思う。
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プロフィール

Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
現住所 : 東京都
1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
分野は生物学系

写真は特にクレジットや注釈がない限り筆者の撮影です。記事や写真についてのお問合せはなんなりと。
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