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文化財

ディズニーランダゼイションと文化財の接点

ムツゴロウトイレ

 ディズニーランダゼイションとは、建築学者の中川理が名著「偽装するニッポン―公共施設のディズニーランダゼイション」の中で解き明かしている観念だ。
 直接的な言葉の意味は建築デザインの「ディズニーランド化」だが、もう少し説明すると、例えば遊園地にあるような何かの形を真似た、珍妙で、突飛で、チープな建物を、土地の景観や歴史との整合性を無視して(公共的な目的で)建ててしまうような精神性というか、行政システムのようなものといえる。
 そのデザインコンセプトには、地域住民や来訪者に「親しまれ」「夢を与える」もので、地域の「伝統」「文化」「名産品」「自然環境」などを「分かりやすく伝える」といった期待が込められているのだが、実際に完成してみると、見る者が違和感を覚え、町の変な風景として路上観察者に失笑ネタを提供することになる。

 トップの写真はムツゴロウなど干潟の生物が間近に見られる海浜自然公園「海遊ふれあいパーク(佐賀県小城市)」のトイレ。目をひくのでディズニーランダゼイションのイメージというか、本稿の表紙として貼った。ただしこの公園は、子供がムツゴロウと泥遊びを楽しむ場所でもあるので、こうした色や形には一定の合理性があり、子連れの家族などには歓迎されているようだ。
干潟の子

 下は夕張市の観光施設「石炭ガラス工芸館」(夕張市は1970年代から基幹産業である炭鉱の閉山がが相次ぎ、市の存続をかけて観光事業に邁進したが、経営を軌道にのせることがかなわず、ついには市の財政が破綻。財政再建団体に指定されるという気の毒な歴史を持っている)で、夕張市の石炭総合レジャーランド構想の一環として1987年にオープンした。こういうチープなメルヘン系建物もディズニーランダゼイション物件の資格が十分にある。
 ガラス工芸は体験観光の定番となっており、関連施設は全国に300カ所以上、その1割近くが北海道にある。石炭とガラス工芸を結びつけたのは夕張市らしい発想だと思うが、業績が振るわず1994年に閉鎖された。
石炭ガラス工芸館正面
 デザイナーが「参考になる写真があったんで、予算の範囲内で再現してみましたたとえばこんな」といったかどうかは知らないが、まあだいたいそんな感じのデザインでしょ。大人の割り切りと諦めが感じられる。
 しかしこの建物で一番目を魅くのは投げやりなデザインではなく、ハリボテの尖塔や破風と時代を帯びた本物のレンガ構造が一体になっていることだ。
石炭ガラス工芸館
 石炭ガラス工芸館は、文化財クラスの堂々たるレンガ建築「旧北炭楓鉱発電所(1913年竣工)」に、ハリボテをくっつけるという、なんとも大胆な手法で造られていた。全国各地にあるメルヘンチックな安普請の中では、あまり例を見ない珍品である。
 1987年当時は産業遺構の価値が今ほど理解されておらず、施工主が単に古いものをリサイクルするという感覚でいたのは仕方がないと思うし、炭鉱が消えた町の再生のため、思い付くことを前のめりになって推進していた時期だったから、細かい事にかまっていられなかったのだろう。おりしもバブル景気が膨らみ始めた時期である。リゾートブームの名の下、それまで見向きもされなかった山林にまで値段が付き、日本各地に今見ると恥ずかしいような物件が次々に建てられていった。
石炭ガラス工芸館裏
 石炭ガラス工芸館こと北炭楓鉱発電所は、竣工から100年に及ぶ歴史の中で、発電所の統廃合による発電停止・閉山・観光施設としての再出発・業績低迷・閉鎖・夕張市の経済破綻・・・といった数々の悲しい歴史を体に刻みつけている。安普請のメルヘン物件は建物としての物理的な寿命は短いが、こうしたレンガ構造の建物は今後も長く姿を保っていくだろう。次の100年も日本の産業史の証人として、また時代に翻弄された地方経済の証人として生き残ってほしいと思う。空知総合振興局地域政策課によると、保存状態はよいとのこと。
 下の写真は北炭楓鉱発電所の近くにある北炭瀧之上発電所(1925年竣工)である。同じ北炭の発電所だが、こちらは閉山まで稼働しており、その後は北海道企業局の発電設備として使用(というより動体保存の状態)されている。両発電所の運命の明暗を思わずにはいられない。
瀧之上発電所

 夕張の石炭ガラス工芸館は、地域と自らの繁栄を願う人々によって性急に作られ、あっという間に消えていった徒花という位置づけで誰もが納得できると思うが、次はその位置づけがちょっとややこしい。完成して間もない現在進行形の物件で、今後も公共施設として長く使い続けなければならないのだ。でもこれは、我々に地方経済の衰退と復興、そしてディズニーランダゼイションについて、重要な示唆を与えてくれる例証になると思うのでとりあげた。
深谷駅
 それはJR高崎線(埼玉県大宮駅〜群馬県高崎駅)にある深谷駅の駅舎(1996年竣工)である。この駅舎の前に立ったとき、最初に頭に浮かんだのはディズニーランドのシンデレラ城である。シンデレラ城はドイツのノイシュヴァンシュタイン城などをモデルにした、ディズニーランダゼイションの確信犯というか、ゼイションではなくディズニーランドそのものの建物である。
 読者の方から、ノイシュヴァンシュタイン城に似ているのはアメリカディズニーランドの「眠れる森の美女城」で、東京ディズニーランドの方は、フランスの城や宮殿に似ているというご指摘をいただきました。ありがとうございました。フランスの城
 深谷駅を見てなぜそんなことを思ったのかというと、両方とも客席から見た芝居の大道具のようなもので、近づいて細部を見ると、たちまち板に描かれた絵(この場合はレプリカ)であることが分かるという共通点を持つからだ。シンデレラ城は内部にもゴシック様式の教会建築を模した内装を施しているが、深谷駅の場合は中に入ると日常的な普通の駅なので、たちまち夢から覚める仕組みになっている。
東京駅
 深谷駅のことをもう少し説明すると、深谷駅にとってのノイシュヴァンシュタイン城は、日本の建築史に大きな足跡を残した辰野金吾の東京駅丸の内駅舎(1914年竣工/上写真)で、その1/10程度の規模で上手くまとめられている。
 いうまでもなく深谷駅駅舎は本格レンガ構造の建物ではない。今どきの鉄骨ビルで形を作り、外面にレンガ風の装飾が施したものである。
 それでも単なる縮小模型ではなく、駅舎として使うため各部の寸法が調整されているので、プロポーションに無理が無く、前に立つと東京駅というより19世紀のオフィスビルやアパートのような印象を受ける。
 また玄関前の広場とそこへ通じる階段には、東京の四谷見附橋(1913年竣工)を模した欄干や街灯が配置され、大正初頭の雰囲気が演出されている。
深谷駅アプローチ
 下の写真は駅舎の外壁に張られているレンガ風タイル。斜めに切った2枚のタイルで化粧レンガのエッジを表現している。施工したタイル職人さん達は良い仕事をされたと思う。シンデレラ城の模造パネルは、上に行くほどブロックを小さくして城が大きく高く見えるようになっているが、深谷駅にそんな小細工はなく、いたって真っ当な、きれいなタイル張りである。
深谷駅レンガタイル2

 大金をかけて深谷駅を東京駅のレプリカにした理由は、すでに廃業した深谷市の基幹産業に関係がある。
 深谷市には地元出身の渋沢栄一が興した巨大なレンガ工場があり(1887年創業の日本煉瓦製造会社。下の写真はその最盛期の姿)、そこで作られたレンガが建築資材として日本の近代化に貢献した歴史や、市内各所に点在する味わい深い小規模なレンガ建築を市民の誇りとし、深谷市を「レンガの町」と定めて、それをアピールするためにレンガを生かした深谷駅(東京駅のレプリカのことね)を造った、と深谷市では説明している。
上敷面工場
日本煉瓦製造資料館
 日本煉瓦製造会社は、1893年に株式会社となり戦後まで生産を続けたが、高度成長期における産業構造の変化に対応できず低迷。オイルショックは乗り越えたものの、2006年に自主解散し、ホフマン輪窯(巨大なレンガ焼成窯)など、文化財として価値の高い産業遺構を深谷市に譲渡した。下は日本煉瓦製造株式会社の門扉に掲げられていた社章。
日本煉瓦製造門扉
 日本煉瓦製造株式会社のホフマン輪窯の内部。1基だけが現存し国の重文指定を受けている。
ホフマン輪窯深谷

 夕張市が閉山後も「石炭の町」をアピールしたように、深谷市も消えた産業の残像である「レンガの町」を自らのアイデンティティと定めているのは非常に興味深い。ただ石炭とレンガというそれぞれのキーワードに対する市民の思いには、大きな差があると思う。
 夕張市と石炭は文字通り運命共同であったから、市民の市政に対する評価はバラバラでも、石炭の町という自覚は全ての市民にあっただろう。一方戦後のレンガ産業は一時期を除いて低迷が続いたので、地域全体としてレンガの町という意識は少しずつ薄まってきていたはずだ。
 そこで考えたのが深谷駅にある東京駅のレプリカであり、「深谷市レンガのまちづくり条例」の制定だったのではないかと思う。ただし、35億円もする巨大なレプリカと、市の奨励金で増えた茶色いタイル張りの家の影で、辛うじて残っている民間の小規模レンガ建築が一つでも消えるようなことがないようにしてほしい。
尾高藍香惇忠生家蔵
 上は尾高藍香の生家に残るレンガの蔵。深谷市に残るレンガ建築はレンガ工場関連か、こうした民間の生活に密着した小規模なものが多いようだ。それが大切にすべき深谷のレンガ文化だと思う。
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Comment

No title

真新しいレンガは色が鮮明すぎて、角がしっかりとがっていますが、
歳月を経るうちにその角が取れ、色合いも落ち着いたものになってきますね。
タイルレンガは、その点はどうなのでしょうか。釉薬がかかってるものなら、
いつまでも出来立ての美しさが長持ちするので、
それを長所と思えば、普及するのは当然かなぁ…とも思います。
でも、時とともに古びていくレンガの味わいのある美しさは大きな魅力!
せっかくレンガの町の歴史を残すことに決めたのなら、
レンガの技術と共に、味わいのある本物を残してほしいなぁ。

ディズニーランダゼイションという言葉、初めて知りました。
世の中、私の知らないことであふれてます。
これを、まだまだ新しいものを知ることのできる喜びと受け止めるか、
何にも知らなくて、恥ずかしい~と受け止めるか…。
まあ、常識的には後者でしょうねぇ(笑)。

kimuponさんもお体大切によい年をお迎えくださいね。
ありがとうございました。

No title

お読みいただきありがとうございます。

 レンガにも用途によって種類があり、東京駅の場合、深谷の近代的な大量生産レンガは建物本体の構造部分に使われ、外壁の表面は別に焼かれた表面がきれいな化粧レンガを張ったようです。色は焼成温度によって赤茶から黄土色までできます。また、焼き方と原料土の処理によっても風合いが変わるようです。

 現在のレンガタイルは自由自在で、つるんとしたものから風化したような物まで色々選べます。また重量も色々です。深谷市の条例は大体の色と大きさが決まっているだけで、予算と好みで選べるみたいです。
 タイル会社の一例を貼っておきますね。他にもいろいろあります。面白いです。
http://www.ay-renga.co.jp/products/exterior/fullboxslim

 ディズニーランダゼイションは中川さんが言葉を定義しただけで、知ってる知らないというよりは、みんな見て何となく違和感があって嫌だなと思ってた物体を、個人の好き嫌いじゃなく、その現象に名前をつけて定義を提案してくれるとスッキリして考えやすくなる。それだけのことではないでしょうか。

シンシンさんもよいお年を。

ノイシュバンシュタイン城に似ていないシンデレラ城

たまたま、こちらを拝見した者です。東京ディズニーランドなどにあるシンデレラ城はユッセ城などのフランスの城をモデルにしたものと聞いております。ノイシュバンシュタイン城をモデルにしているのはアメリカのディズニーランドにある眠れる森の美女城です。

ご指摘ありがとうございました

 確かにフランスの城ににていますね。ありがとうございました。本文に注釈を付けさせていただきます。

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プロフィール

Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
現住所 : 東京都
1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
分野は生物学系

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