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和井内貞行 アゲイン-3/伝記映画「われ幻の魚を見たり」のこと

 今回は和井内貞行 アゲイン-1で少し書いた和井内貞行の伝記映画「われ幻の魚を見たり」について。
映画ポスター
封切り当時のポスター
貞行と勝子
実際の貞行と勝子。明治33年撮影。ヒメマスに出会う5年前で、サクラマスの放流を始めた頃。

 現在ビデオもDVDも発売されておらず、幻の名作などといわれ目にする機会は少ないが、幸いなことに和井内貞行の出身地である秋田県鹿角市の「鹿角市先人顕彰館」にデジタル化した映像があり、係の方にお願いすれば見せていただくことができる。
 鹿角市先人顕彰館は和井内家の屋敷があった場所に建ち、和井内貞行と内藤湖南に関する資料が展示されている。また近くには和井内家の菩提寺である仁叟寺や、10代の貞行が教員助手を務めた毛馬内小学校の跡地も(標柱が1基立っているだけだが)ある。和井内貞行に興味がある人は十和田湖畔とともに訪れたい場所である。

鹿角市先人顕彰館
鹿角市先人顕彰館

 今どき映画の内容が全て事実などと思う人はいないと思うが、この映画は和井内貞行の伝記にインスパイアされた伊藤大輔が、戦後間もない日本人に感動を与えるために練り上げたドラマで、自ら「虚構の現実」といったとされるように、史実とはかなり違うストーリーとなっている。
 冒頭にある、麓の町から魚を運ぼうとして遭難した少年の捜索シーンもフィクションであるが、貞行が養魚を始めた動機の説明として秀逸で、見る者を一気に貞行の同志にしてしまう。
 魚が食べたいという母親のために雪の山道を往復した少年は、まるで二十四孝の猛宗(筍を食べたいという母親のために雪の中を出かけていく)のような孝行息子である。しかし、猛宗のようにハッピーエンドとはならず凍死してしまうのだ。人はこんな悲劇に弱い。

 これからご覧になる方もおられるだろうから、詳しいストーリーは書かずにおこうと思うが、冒頭のシーンのほかにも、両親を支えてよく働いた長男の貞時が、日露戦争に招集されてヒメマスの成功を見ることなく戦死(実際は貞行の後継者として活躍され昭和41年に亡くなられている)するなど、涙を誘うフィクションが効果的にちりばめられ、非常にしっかりとした、悲劇の王道を行くような構成となっている。
 私なりにイメージしている貞行や勝子の人物像とは大きく違う大河内貞行と小夜勝子ではあったが、私ごときの違和感などねじ伏せてしまうような名演で、そのストーリーに身を任せてしまえば、目をうるうるさせながら深い感動を味わうことができる。ただし、貞行の没後もその事業を受け継いで活躍された和井内家の人々にとっては、誇らしいというより、ちょっと気恥ずかしい映画であった可能性はある。

ひめます最中
鹿角市で売られている、貞行に因んだひめます最中

 この映画にはストーリーとは無関係な傍観者的脇役として、浄瑠璃(義太夫)好きの郵便配達人、伝兵衛(山本禮三郎)が登場するが、これがまたいい味を出していて、伊藤大輔の職人芸というか、手堅い劇作りがよく現れている。もちろん伝兵衛は架空の人物で、浄瑠璃が好きという設定から「近頃河原の達引(元禄時代に京都であった伝兵衛とお俊の心中事件を題材にした浄瑠璃)」の名台詞「そりゃ聞こえませぬ伝兵衛様」から付けられた役名であろう。
 山本禮三郎の鼻歌浄瑠璃には味わい深いものがあり、宴会シーンのエア三味線もよかった。こうした脇役にはコミカルで軽いキャラクターが定番だが、伝兵衛には無口でちょっとひねくれた頑固者という性格が与えられている。普段は物事に動じない風を装っている伝兵衛が、感極まった顔で貞行に戦死通知を渡すシーンは涙を誘う。このワンカットのために作り出された性格ではないだろうか。
山本禮三郎酔いどれ天使
黒澤明「酔いどれ天使」での山本禮三郎。Wikimedia Commons
 また前にアップした「和井内貞行がヒメマスの卵を入手した支笏湖」の中でも書いたが、貞行にヒメマスのことを教える山師(実在の人物は行商人)を演じた上田吉二郎もよかった。劇中で語られるヒメマスの別名“カパチェッポ”の由来、魚が元気よく飛び跳ねる様子を現したアイヌ語というのはデタラメであるが、上田吉二郎がそれらしく説明すると事実のように聞こえるから演技というものは面白い。

 映画の中で、こんなシーンが実際にもあったに違いないと思って楽しかったのは、貞行が湖の藻につく甲殻類を勝子に見せながら、十和田湖には魚の餌となるこのような生き物がいるのだから、養魚事業は成功すると語る場面だ。顕微鏡を使うなど、妙に科学的な雰囲気で違和感さえ感じるが、伊藤大輔は、迷信深い地元民の意識と先進的な貞行の意識を対比するために挿入したのだろう。この場面の勝子はなんとも可愛く、数少ない夫妻の幸福な時間が表現されている。
 あとヒメマスについて青森水試の技官と話すシーンも教育映画的な要素があって、和井内貞行伝が単なる近世的な情念の物語ではなく、産業の近代化にからむ話であることが表現されていた。

 歴史映画や伝記映画では史実との一致不一致がよく話題にされるが、筆者は近松門左衛門(伝)の虚実皮膜論を全面的に支持する立場で考えることにしている。監督の伊藤大輔がいったとされる「虚構の現実」も同様な意味を持つと思われるが、作品を観て荒唐無稽でつまらないと感じたら、それは作品としての出来が悪いか、観る者の好みに合わなかったということであり、虚構の物語でもある種のリアリティを感じ、感じるものが多ければ、それはよくできた現実的な作品ということになるのだと思う。そうした意味で「われ幻の魚を見たり」は名作だと思うし、れっきとした和井内貞行の伝記映画だと思う。もしどこかのミニシアターで上映会が行われたり、秋田の鹿角市先人顕彰館に行かれる機会があれば、是非ご覧いただきたい。
 
和井内家墓所
仁叟寺にある和井内家の墓所。墓石の風化が進み文字が読み取れないものも。貞行や勝子の墓は十和田湖畔にもある。貞行の戒名は開湖院和井内貞行禅居士と俗名がそのまま使われている。

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Comment

ポスター

実物の夫婦は容貌も、考え方や行動も現代的なのに映画の
ポスター見ると、大げさな表情といいわざとらしくて何か変(笑)。
でもこれは昔のポスターだからでしょうね。
内容は納得の作品とのこと、観る機会にめぐまれてよかったですね。
私は最中でいいや。。(笑)

Re: ポスター

> ポスター見ると、大げさな表情といいわざとらしくて何か変(笑)。

そうですよね(笑)
でも、これまでの和井内貞行のイメージは
このポースターの方が主流だと思います。

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Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
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1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
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