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水産と自然

サケとマスのちがい

 先日久しぶりに長良川に行き、これまた久しぶりにサツキマスをいただいたので、今回はサケとマスの話。

サツキマス
サツキマスの焼き物。長良川河口堰の竣工以来不漁と聞くので他所のサクラマスかもしれない。
 
 生物学的にはサケとマスはほとんど同じもので、シロザケ、ベニザケ、サクラマス、カラフトマスなど多くの種類があるが、例えば今あげた4種はいずれも同じサケ科サケ属に分類され、雑種が作れるほどに近い。なので体の特徴からサケとマスの間に線を引くのは難しいといえる。ただサケ、マスと呼び分けられていることにはそれなりの理由があり、しかも時代とともに名前のイメージが変化してきた。

 サケ・マスの語源は諸説あってはっきりしないが、奈良時代の文書にはすでにサケやマスという言葉が登場する。
 奈良時代に編纂された「常陸国風土記(721年)」には、常陸国の助川郷の語源が、大きな鱒の意味である助(鱒の助=鮭)を獲った助川に由来するとの説明がある。また「出雲国風土記(733年)」出雲郡の章には、出雲大川(斐伊川/ひいかわ)に見られる魚として、年魚(アユ)、鮭(サケ)、麻須(マス)、伊具比(ウグイ)、魴鱧(ウナギ)が紹介されている。

 こうした古い時代に文字文化や食文化をリードしていたのは都周辺の人々と思われるが、彼らはサケよりマスの方を身近に感じていたはずである。
 その理由は、サケが少ない西日本の川にはサクラマス類が遡上し、京都や奈良を流れる川にも見られたこと。また、サケのことをわざわざ「鱒の助(マスの大きいもの)」と呼んだことなどがあげられる(現代の標準和名マスノスケはキングサーモンを指す)。

 サケ(日本の川に遡上するのは主にシロザケ)は、日本海側の南限が山陰地方、太平洋側は東海地方とされるが、日本海側の新潟以南と、太平洋側の茨城以南では非常に数が少ない。以前「カムバックサーモン」と称してサケの稚魚放流が流行ったとき、南関東の多摩川でサケを放していた人達が、遡上のほとんどない多摩川にサケを放すのはナンセンスであると批判されていた。

 平安時代には塩蔵加工された越後あたりのサケが、都に運ばれていたということであるが、それらは高級な贈答品であり、近畿以西の庶民にとってサケはさほど身近な魚ではなかったと思われる。
 新潟県の三面川(みおもてがわ)は、江戸時代から孵化放流事業が行われていたことで知られるが、そこで作られた「塩引き鮭」が、各地の有力者へ贈答品として送られていた記録が残っている。つまり、西日本の人にとってサケは塩干品として遠くから運ばれてくる物であった。三面川河口の町、村上市では今も塩引き鮭が盛んに作られ、町の名物となっている。

村上塩引き鮭02
村上の塩引き鮭。腹を一気に全部裂かず、腹びれの前でつないでおくのが村上式。
村上の鮭産業は武士が主導したので、切腹を嫌ったとの言い伝えがある。

村上塩引き鮭

 サケは秋に川を遡るが、サクラマスやサツキマスはその名が示す通り春~初夏に川を遡る。だから「鱒」の季語は春~初夏で、この遡上時期の差が本来のサケとマスの区別点となる。

 サケもマスも産卵期は秋だが、春に遡上するマスは川で餌をとりながらゆっくりと上流に向うので、川で餌をとらないサケと違って身に脂がのって美味い。サクラマスやサツキマスが遡上する川では、初夏の御馳走として喜ばれ、有名な富山の鱒寿司も、神通川のサクラマスが使われていた。

 ところが、海産魚が豊富にとれる沿岸部では、マスの人気も今ひとつで、サツキマスが獲れる伊勢湾沿岸の人に聞いたところ「あまり食べない」とのことであった。川魚の王様であるマスも、タイやヒラメといった海の高級魚に比べられると、そのランキングは下がるるということだ。さらに時代が進んで北洋のベニザケ(味、色ともにサケの最高級品とされた)などが流通するようになると、マスの価値は増々下がっていった。

 やがて水産資源としてのマスは、完全にサケの影に隠れるようになり、消費者からはサケの亜流のように思われるようになっていく。特にマスのイメージを悪くしたのは、東北北部より北に分布するカラフトマスであろう。
 カラフトマスは夏~秋に遡上するので、日本語の古典的な分類でいえばサケと呼んでもいいような魚だが、体が小さいのでマスと呼ばれるようになったらしい。

 北海道や南樺太の沿岸が日本の領土として開拓され、さらに北洋に日本の漁船が出漁するようになると、ほかのサケ類とともにカラフトマスも大量に漁獲されるようになり、その缶詰や塩蔵品が日本の食卓にのぼるようになった。しかし昔のカラフトマスの塩蔵品は「身が薄くて塩辛いだけのおいしくない塩鮭」として評判が悪く、マスのイメージを低下させた。戦中世代には今も、美味しくないサケ類を食べると「これはマスだな」などという人もある(カラフトマスは脂肪が多いので常温流通の塩鮭に向かず、塩を強く利かせる必要があった。今は低温流通の発達でカラフトマスも美味しく食べられるようになっており、産地の漁協ではカラフトマスの利用普及に力を入れているところもある)。

カラフトマス塩蔵品
カラフトマスの塩蔵品。尾びれに黒い斑点があり鱗が細かいことが特徴(imagenavi提供)。

 その後もマスの地位は回復せず、食卓の魚としてはほとんど無視されたような状態となり、各地の河川にダムができてマスの姿が消えていったことにも、ほとんど注意が払われなかった。
 長良川は最近まで、まとまった量のサツキマスが見られる川として有名であったが、河口堰ができてからは減っている。戦前は琵琶湖から出て京都を通り大阪湾にそそぐ淀川でも70トンぐらいの漁獲量があり、これは同じ時代の長良川の漁獲量より多い。

長良川01
大阪の淀川などと同じように、サツキマスの「いた」川になってしまうかもしれない長良川。
長良川河口堰
 下は長良川河口堰。ご覧のように一直線に河口を塞いでおり、魚道を付けても海と行き来する生物の減少は避けられない。また堰より上流は海水の影響がなくなったので、汽水の生物が激減した。手前は堤と中州を隔てて隣接する揖斐川河口。

 長良川とサツキマスに興味のある方には、この本を紹介したい。写真家の田口茂男氏が1991年の段階で2011年、つまり現在の長良川を憂いて出版された写真絵本である。大判の児童書であるが、河川行政に責任を負う有権者にこそお読みいただきたいと思う。
 サツキマスのいた川(草土文化/1991年)
サツキマスのいた川

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Comment

No Title

何度見ても、脂ののった美味しそうなマス
ですね。
話が全然変わるんですが、鮭のこと、すしネタ
では何故、鮭と言わずにサーモンって言うのでしょう?
炙りサーモンとかね。
スーパーでは切り身なら鮭の表示が多く、
刺身コーナーではトラウトサーモンなどの(大半が輸入品)表示です。

Re: No Title

出かけていたので返信が遅くなりすみません。

> 話が全然変わるんですが、鮭のこと、すしネタ
> では何故、鮭と言わずにサーモンって言うのでしょう?

寿司ネタには当初、スモークサーモンに使われている
養殖のアトランティックサーモン(大西洋鮭)を使い始めたからだと思います。
今は、同じく養殖のギンザケや北米原産のトラウトサーモン(ニジマス)
などが使われています。

日本でも養殖していますが、人件費や飼料の値段で
量販品は海外との競争に勝てないようです。

安い輸入養殖ものを加熱調理すると、飼料由来の匂いが強くなるので
冷やして生食するのが一番美味いと思います。
ただ、最近の消費者はあの養殖風味に馴れているので
炙りなんかも好んで注文するようです。

No title

川サケと海サケはそれぞれ漁獲時期が違うんですか?

No title

カラフトマスさん

川サケと海サケの定義がよく分かりませんが、
サケが川に入るのは秋の産卵期のみ(サクラマスなどは初夏〜秋)です。
孵化して海に降り、成魚になるまでの約4年間は
ずっと海にいますから、海では1年中捕れるということになります。
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Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
現住所 : 東京都
1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
分野は生物学系

写真は特にクレジットや注釈がない限り筆者の撮影です。記事や写真についてのお問合せはなんなりと。
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