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文化財

珍しく感じが悪いと思った名刹

 筆者は「~が嫌い」ということを公言して憚らないのであるが、あるとき友人の僧侶から「自分には好きと無関心の二つしかない」といわれ、さすが人の手本となるべき立場の人は違うなと思ったことがある。しかし「~が嫌い」は、向上心や積極的な行動へのエネルギー源にもなるから、筆者は今後も理不尽と思うことへの不満を持ち続けたいと思う。
 というわけで、今回はあるお寺さんの文化財公開姿勢に対する悪口。

看板01

 岐阜県関市にある新長谷寺(しんちょうこくじ)には、国の重要文化財に指定されたお堂や塔がある。先日見学にお邪魔したのだが、上や下の写真のような「撮影禁止」の看板がいくつもあり、ちょっと不愉快であった。
 もちろんどんな看板を掲げようと、何を禁止しようと、お寺さんの自由である。
 修行僧が多くその学習環境を維持するために観光客を入れなかったり、反対に人手が足りず留守がちなために、拝観希望者が多くても限られた日時にしか公開できない寺院もある。だから新長谷寺だって普段は人に見せないないというやり方もアリだろう。しかし、境内を一般に解放し、不特定多数からの祈祷や供養の依頼を歓迎しながら(新長谷寺の境内ではおみくじやお守りも売っている)、こんな看板を立てて境内での撮影を全て禁止している寺院は少ない。
 筆者は小学生の頃から各地のお寺を見学してきたが、こんな風に写真撮影を介して発揮される寺院建築への愛着を全否定されたのは初めてである。

看板02

 もちろん文化財保護のため境内での火気の使用やボール遊びは禁止すべきだし、建物によっては人が立ち入ったり壁や柱に直接触れるのを防ぐことも必要だろう。写真撮影のことでいえば、堂内でストロボを光らせたり、修行や参拝をしている人の横でパシャパシャとシャッター音を立てる奴がいたら大迷惑だと思う。しかし、来訪者に解放された境内で、建物の写真や家族の記念写真を撮ることが、お寺にとってどんな迷惑になるというのだろう。過去に何か嫌なことでもあったのだろうか。あるいは信徒から苦情がでたのだろうか。

 日本を代表する名建築の舎利殿で知られる鎌倉の円覚寺は、写真撮影者に対してこんな注意を呼びかけている。
 ・一脚や三脚などカメラの足や支えは、他のお客様にご迷惑にならな
  いようお願いいたします。
 ・樹木や杭、柱などに寄りかかって撮影しないでください。
 ・商業的にご使用される場合は、使用許可を得てください。
 写真撮影に関してはこれで十分ではないだろうか。

看板03

 話は少し横道にそれるが、上の写真にある「水子供養」は伝統的なものではなく、1970年頃から人工妊娠中絶と関連づける週刊誌記事等によって流行したものだ。埼玉県の紫雲山地蔵寺(戦前からの右翼思想家で水子供養の仕掛人といわれる橋本徹馬が1971年に立てた新寺院)などは、水子供養に特化することで、地蔵像を1万体も売ることに成功したという。値段は不明だが仮に像込みのお布施が10万円とすれば10億円もの売上となる。こうした事業を、妊娠中絶の苦しみや悲しみにつけ込む商法と批判する人も多い。
(新長谷寺がそうした商法を行っているということではないので誤解しないでお読みいただきたい)
 水子供養で癒される人もいるのだからよいではないかという意見も聞くが、人工妊娠中絶の問題は寺院が癒しを提供すればそれですむというようなものではない。関係法令や性教育、性差別などを含め社会問題として議論すべき課題だ。
 仏教界は人工妊娠中絶について、供養などしなくても何も起きないと明言しておくべきではなかろうか。そもそも仏陀も鑑真も空海も最澄も、さらには名だたる鎌倉仏教の開祖達も、死んだ胎児が家族を不幸にするなんてことは一言もいってないのだ。それをわざわざ「水子供養」といった言葉を使って強調すれば、女性に不要なプレッシャーをかけることになる。宗教による贖罪や癒しは、それをしなければ不幸になるといった恐怖を生みやすい。そう考えると水子供養は寺院によるマッチポンプ商法に見えてしまう。
 
全景

 次に撮影禁止の姿勢を、指定文化財という観点から見てみたい。

 見るのはよくて写真を撮るのはダメという新長谷寺の塔やお堂は、国の重要文化財に指定されている。
 重要文化財は文化財保護法に基づいて指定されるが、この法の目的は文化財の保護だけに留まらず「国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」となっている。つまり、啓蒙のための教材や資料として活用されなければ指定する意味がないのである。だから公開が原則で、所有者が隠しておいたりすると、文化庁から公開を命じられることもある。

 ただし、所有者は文化財の維持管理に努めなければならず、傷んできたのに放置すれば、文化庁から修理勧告を受けることもある。気の毒と言えば気の毒だ。もちろん国から修理費用の援助があったり、税制面で優遇されたり、無利子の貸し付けがあったりするが、国の援助が必要十分というわけではない。申請すれば国内の誰かに売却することも可能だが、大きな建物の場合移築費はかかるし、管理責任も押し付けるわけだから買い手は限られるだろう。

 国が行う文化財保護のための費用は、文化庁予算の6割近くを占め、年間約580億円の税金が投入されている(建物の修理費は100億円以下)。この額は伝統文化を誇る先進国というにはあまりにも少ないが(イギリスは建物の修理費に年間500億円を使っているという)、指定文化財には国民共有の宝として税金が投入されていることは確かである。だから文化財を見て、また写真に撮って資料とし、自らの「文化的向上」に供することは、国民に認められた権利といえる。

 ただ、所有者が指定を拒否することもできるから、面倒な指定を受けて、維持管理に苦労している文化財所有者には大きな敬意をはらうべきであろう。建築物の撮影を趣味にしている人は、寺社なら多めに賽銭を投入したり、修理の勧進などをして積極的に協力したいと思う。無料あるいは拝観料のみで写真だけ撮って帰るのは申し訳ない。
 だから新長谷寺さん。これからもできる限り文化財保護に協力しますから、気分が萎える看板を撤去して、写真を撮らせてもらえないでしょうか。

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プロフィール

Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
現住所 : 東京都
1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
分野は生物学系

写真は特にクレジットや注釈がない限り筆者の撮影です。記事や写真についてのお問合せはなんなりと。
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