備忘録/自然・文化・社会とニュース

文化財

日本のおカイコさん-1/虫の家畜で家虫?

 先日うひょ~峠の事を書いたが、その時に群馬県の養蚕関係ヘリテージをいくつかを見学してきた(富岡のことは一言書いたな)。動物の飼育史に興味があるので昆虫の「家畜」であるカイコは割と好きなテーマ。しかも養蚕は日本の資本主義経済の形成に密接な関係があるので、社会科の面からも興味は尽きない。今回はとりあえずおカイコさんのお話。

 人間はSFアニメみたいに動物を合成できないから、どんな家畜にもその素になった野生動物がいる。牛はオーロックス、馬はノウマ、犬はタイリクオオカミ、猫はリビアヤマネコからそれぞれ作られたとされ、カイコの場合は東アジアに分布するクワコという野生のガがそれにあたる。
 家畜の原種にはオーロックスやノウマのようにすでに絶滅したものもあれば、まだ利用した系統がよく分からないものもいて、断定的なことが言えない部分も多いが、カイコが中国産の現存クワコからできたということは、最近の研究で割とはっきり言えることらしい。

 クワコは翅の開張が3~4センチほどの茶褐色のガで、日本全国に分布し大都市周辺でもクワの木があれば見かけることがある。カイコと違ってちゃんと飛べるが、活発に飛び回るというようなガではない。地味なガなので見かけてもただ「気持ち悪いガがいた」の一言でかたづけられ、人類に多大な恩恵と苦悩を与えた栄光の血統に思いを馳せる人は少ないだろう。
 古代中国人はこのクワコを大量に飼育し品種改良を進め、今日見られるようなカイコを生み出した。昆虫の家畜となったカイコが西はヨーロッパ、南はインド・東南アジア、東は日本へと広まり、それぞれの地でさらなる改良がくわえられたというわけだ。遺伝系統の研究から日本の個有品種は、改良の途中で日本産のクワコを交配した形跡あるとされている。

 現在日本には、2ヶ所の研究施設に合計1,000種類ほどのカイコの品種が保存されており、意外に知られていない日本の大切な財産となっている。

 一番下に先日群馬で撮影したカイコの品種の極々一部を載せておく。虫嫌いでカイコが気持ち悪いという人もいると思うが、美しい絹織物はこいつらがいないと1ミリも織れないので、どうか我慢してご覧頂きたい。
 最近はクワの葉ではなく、クワから作った人工飼料で飼育されている。いくつかの写真でカイコといっしょに写っている黒っぽい色のブロックがそれ。人工飼料に含まれるクワの葉は全量の半分以下ということで、これを高めていくとうまく育たないそうである。生き物と食べ物の関係は不思議なものである。

 日本には優れた絹織物の伝統はあるが、生糸の生産力は脆弱で江戸時代まで絹糸は重要な輸入品であった。絹糸の産地として世界的に注目を集めたのは、日本の長い歴史の中で100年に満たない短い期間に過ぎず、今は衰退といってよい状況である。そして日本が絹糸を大いに生産していた時期は、日本が資本主義経済の下、欧米列強に近づこうと懸命にもがいていた時期なので、日本の絹産業は富国強兵策を支えるとともに、その歪みを引き受けることになってしまった。そのため絹産業をめぐる話には、今の日本の問題の始まりをたくさん見つけることができる。
 群馬県の絹関連施設の遺構を見て思うところが多く、以前行った長野県の絹関連施設ももっと丹念に見たい気持ちになった。来月ちょうど中央道方面に行く用があるので、ついでに色々見て回ることにする。世界遺産入りを目指す富岡製糸場への大きな疑問は、長野県の事も色々見た後で書こう。

ぐんま200_01-s
ぐんま200
姫蚕01-s
姫蚕
天門01-s
天門
レモン01-s
レモン
黒縞01-s
黒縞
多星紋01-s
多星紋
コブ01-s
こぶ

 

社会とニュース

禁煙運動家の偽善

またタバコの話。
古いニュースで恐縮だが、2008年にこんな事があった。

 「タバコ問題首都圏協議会」(渡辺文学代表)は、煙草をやめた松本人志と渡辺えりに「卒煙表彰状」を贈ったというのだ。人には団体を作る自由はあるし、誰かを表彰したりするのは勝手だ。それに有名人とクライアントは持ちつ持たれつだからと、特に気にはとめていなかったのだが、筆者は最近、これが本人の承諾を得ず行われ、表彰された松本人志がこれに腹を立てていたことを知った。
 松本の弁によれば「本人に何の連絡もなく表彰し、それを公表して自分の名前を話題作りに利用した」ということらしい。さらに松本は「自分はタレントであるから名前は商品である。イメージ作りを本人の承諾なしにやってもらっては困る。現実的にはそんな事はないだろうが、表彰されたことでタバコ会社のCMの仕事がなくなる可能性だってある」と語っていた。尤もな話だと思う。
 また同団体は、過去に表彰した有名タレントの名前を並べて機関誌やネット上に公開し、あたかもその人達が嫌煙運動の応援団に見えるようにもなっている。よく考えたもんだと感心もするが、なんとも下品なやり口である。
 禁煙運動団体の「自分達の活動は正しい」「正しいことだから許される」という偽善と浅知恵が全面に出た何とも嫌な話であった。

 また「タバコ問題首都圏協議会」は、嫌煙運動に反対する有名人を「ワーストスモーカー」に指定し、その理由と名前を公表している。恐ろしい事である。大衆を煽動して行うリンチの一種といえる。
 松本はタバコをやめる前に一度この「ワーストスモーカー」に指定されている。タバコを吸ってる間は虐待し、タバコをやめたら飴を与えるということか。「タバコ問題首都圏協議会」は、喫煙者を自分が養育している奴隷の子供とでも思っているのだろう。この辺りに未開の人間を導くのが自分達の使命というような、嫌煙運動が持つ宗教的思い上がりが見て取れる。

 本人の了解もなく有名人を表彰し、それをメディアで広めるということは、有名人を自分達のコマーシャルに使うためである。特に宣伝的な意図が強い運動体の表彰は、ナチスがベルリンオリンピックを利用したのと本質的に同じである。誰かが何らかの政治的意図を持って誰かを讃えるということに、筆者は今後もっと疑い深くなろうと思った。

 「タバコ問題首都圏協議会」の代表を努める渡辺文学(ふみさと)という方は、満州生まれのお爺さんである(昭和12年生まれ)。戦前の日本の独善的な世論形成がもたらした惨禍を、身を以て体験している世代なのに、嫌煙運動の独善性に全く気づかないのは不思議である。
 日本に嫌煙権という意識がほとんどなかった1978年、渡辺が社会に嫌煙権を認めさせようという運動を開始したことは高く評価できる。しかし、仮にどんなに正しい考えであっても、大衆運動として拡大する際には、その方法論を絶えず吟味しないと、大衆によって運動が単純化し暴力化していく。そのことにもっと注意を払うべきであろう(でも彼らは確信犯であるから、そんなことはしないだろな)。

 おまけの煙草情報。
 下は日本のタバコ農家のタバコ葉選別作業。時間をかけて乾燥させた葉は、一枚一枚を綺麗に掃除した後、JTの求める品質ランクに沿って分類、納品される。葉の等級によって当然値段は変わる。
 葉の色にも細かい指定があって、選別にはJTが指定する波長の照明の下で行われる。ここまで品質に拘る作物はないだろう。こうした繊細な煙草作りは日本の伝統。近年は荒っぽい管理の下で大量生産された安い輸入葉が多く使われるようになった。
タバコ葉選別作業

文化財

文化財汚損の千社札などやめちゃえば?

 このクソ暑いのに関東の内陸部に行くハメになった。首都圏のヒートアイランド現象の影響で、その暑さが苛酷になりつつあるエリアである。さっさと用を済ませて帰ればいいものを貧乏性が災いし、またしてもあちこち見学に歩いてしまった。暑さのせいか全てが楽しい旅行とはならず、イライラさせられることも多かった。

 その第一は群馬県の富岡製糸工場における歴史歪曲姿勢であったが、この話はかなりややこしいので、涼しくなって元気があれば書く事にする。単純明快にイライラさせられるのが、重要文化財への無数の落書き(書くより破損の度合いが高い楽刻り)である。
 その現場は、碓氷峠(ウヒョ~峠ではなく、うすい峠ね)の旧信越本線碓氷第三橋梁、通称碓氷めがね橋だ。

碓氷第三橋梁

 この橋は日本の近代化遺産(橋梁部門)の精華である。4連アーチで全長約90メートル。川底からの高さ約30メートル。1893年に完成した煉瓦作りの鉄道橋で、力強さと美しさを兼ね備えた名作である。
 この橋を見るまでは、琵琶湖疎水の南禅寺水路橋「水路閣(全長は碓氷峠とほぼ同じだが、高さは8メートル以下と低く、平坦な寺院の敷地内にある/下写真)」が一番だと思っていだが、見上げる者がウヒョ~っと声をあげ圧倒される迫力と立地のよさでキング・オブ・煉瓦橋の称号をこちらに鞍替えすることにした。そして装飾の美しい水路閣にはクイーン・オブ・煉瓦橋の称号を貰ってもらうことにする。何の権威もない筆者独自の称号だけど。

南禅寺水路橋

 これらの橋は見学者が自由に触れられる状態で保存されている。これは本当にありがたいことだ。しかし残念というか腹立たしいことに、碓氷峠の橋脚の煉瓦には名前を刻み付けていく奴らが跡をたたないのだ。日本の近代化遺産を代表する重要文化財になんてことをしやがる。文化財保護法違反となる行為だから、ここに刻まれた名前は愚かな犯罪容疑者の名前である。

碓氷峠落書

 世界の観光地や遺跡にはこうした落書き、楽彫りの類いが数多く見られる。もちろんポンペイの落書きやロンドン塔の監獄の落書きみたいに、歴史資料として価値がある落書きもあるにはある。しかし、文化財や公共物に書かれる現代の落書きは一貫して否定され犯罪と認識されている。よって現在の落書きは単純に根絶すべき「悪」といってよいだろう。
 2008年、イタリアの文化財に落書きをして解雇された教員や退学になった日本の学生がいたが、イタリア人は文化財への落書きに対し比較的寛大であり、日本の処分の厳しさに驚いているといった報道がなされた。しかしながら落書きされた文化財の管理者は、落書きに鈍感なイタリア人への警鐘であると発言している(いずれも当時の新聞報道)。

 見たくないものを無理に見せるのは視覚への暴力である。特に文化財や古典的美術品は調和のとれた美しい物を見たいという気持ちが強く働くので落書きの攻撃力は大となる。百歩譲って芸術的落書きというものが存在したとしても、そのキャンバスとなるのは先人の「作品」なのであるから、それは作品製作のルールを逸脱した暴力的行為であることに変わりはない。今は合法的に新しく建築される建物のデザインですら、周囲の景観への配慮が求められるのだ。

 碓氷峠第三橋梁自体が自然景観の破壊になるかどうかの議論は長くなるのでまた今度。

 文化財や観光地で目にする多数の落書きには、それを書いた個人の幼稚な自己満足以上の価値は認め難い。さらに乱雑に煉瓦や石を削れば、その文化財の強度や耐性に影響を与えることが知られている。これは文化財に放火するのと本質的に変わらないだろう。落書きならノートか自分の家の壁にしてくれ、なのである。

 ところで、日本の寺社には千社札というものが数多く貼られている。参拝記念に貼られる自分の名を刷った小さな紙辺である。かつて信仰形態の一つとして木札を奉納することが行われ、それが紙の普及とともに建物に紙札を貼るようになったといわれている。やがて札のデザインに凝るようになり、信仰ではなく遊びとして普及したらしい。現在も千社札の同好会などがあり盛んに貼られている。ある千社札好きの芸人に話を聞いたら、自分のは昔ながらの木版刷りの和紙を糊で貼る本格派。最近多い印刷機で刷ったシールとはモノが違うし、材木を傷めないと自慢していた。また、長い年月で紙が腐食して文字だけが木の表面に残る「抜け」が理想であるとも。

千社札3

 江戸時代の札には文化・風俗資料として貴重なものもあり、美術的な価値を持つものもあるが、現在それを模した紙を貼る行為は、名所旧蹟に自分の名前を残す落書きの一種であると思う。和紙も洋紙のシールもその本質は大して違わないのではないだろうか。
 千社札を貼る事でどんなカタルシスを得るのかは知らないけれど、その精神構造には碓氷峠の橋梁に刻み付けられた名前や日付に共通するものがあると思えてならない。
 札をスクラップブックにコレクションしたり、自分の持ち物に貼るのは勝手だが、伝統文化の継承と称して寺や神社の柱や梁にペタペタ貼るのはもうやめた方がいいと思う。
プロフィール

Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
現住所 : 東京都
1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
分野は生物学系

写真は特にクレジットや注釈がない限り筆者の撮影です。記事や写真についてのお問合せはなんなりと。
小さな写真はそれをクリックすると大画像が開きます。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ