備忘録/自然・文化・社会とニュース

文化財

学マン

【2009年03月03日の日記より】

学習まんがというものをご存知だろうか。
お勉強になることを漫画で説明するという
小学校の図書館で一番読まれているアレである。
略してガクマン。

私は学マンを愛している。
というか、学マンにも色々あって、あまり好きでないものもあるから、
学研まんがひみつシリーズを愛しているといった方がいいかな。
学研まんがひみつシリーズには特別な思い入れがあるのだ。

最初はダッさいマンガで、センス悪いなあと思っていた。
でも、よく見てみると巻ごとに良し悪しがあり、
良い刊はマンガもさることながら実に緻密に構成されている。
子供向けにテキトーに作っているように見えて、
なかなかどうして、独特の職人芸を持ったプロの仕事なのである。

一時コミックで成功した版元が、メジャーな漫画家を使って
学マン業界に参入してきたことがある。
売れっ子作家で従来の学マンを蹴散らすつもりだったのかも知れない。
でもその多くは学マンとしての出来が悪く、
蹴散らすどころか、返り討ちに合って消えていったものも多い。

学マンとは、上手い漫画家を連れて来て
学習図書をストーリーマンガ化すればいいというものではない。
編集者と作家の知識と知恵が物を言う世界なのだ。

私が好きな学マン作家は、なんと言っても
故 内山安二である。学マン界の巨匠だ。
中でも「できるできないのひみつ」が好きだ。

詳しく話すと単行本が一冊書けてしまう。
これぐらいでやめておこう(笑)
何故こんなことを話したかというと
この前行った宮崎の佐土原城の解説板で、
学マン作家の仕事を見つけたからだ。
しかも、山の中のあちこちに。
佐渡原城プレート
城には似合わないのだけれど、妙に懐かしく嬉しかった。
いっぱい城を見たけど、こんな説明板は初めて。

佐渡原城天守台
これは佐渡原城の天守台跡。 石垣も出ている。
面積は小さいが割石を積んだしっかりしたもので
礎石が出ているし、当日瓦片も見つけたから、
天守が上がっていたことは確かだろう。

文化財

頑張って続けて下さい

【2009年02月27日の日記から】

杉村本店
写真は宮崎県の油津にある杉村本店。
昭和初期の木造三階建て銅張のイカした商店だ。
今も現役で港町らしい船具や工具、生活雑貨などが並んでいる。
錆びたポケベルの看板に驚いた。物持ちのいいお宅だなあ。
何かと不便も多いだろうけど、頑張って続けて欲しい。

登録有形文化財プレート
この建物は文化庁の有形文化財に登録されているが、
登録有形文化財制度というのは
「指導・助言・勧告を基本とする緩やかな保護措置を講じる」だけ。
緩やかな保護措置って(笑)要するに何もしませんってこと。
もちろん補助金なんかくれない。
国が近代の民間実用建築に多少なりとも
価値を認めた意義は大きいけどね。

国民の70%が反対してるのに、
景気対策と称して兆単位の金を個人にバラまくぐらいなら、
その金を全部使って急ぎ文化財の修復をやればいいのに。
工務店や建材店にその金が流れるし、
修復整備が終わったら観光客も見に来るから
十分景気対策になると思う。
それに平成の大修復を行った文化的内閣として
麻生の名前が、それらの建物とともに長く歴史に残ると思うけどね。
麻生太郎


当たり前のことだけど、
文化財として保護されている古い建物も現役の時は「今」の建物。
だから、古くて価値があるから残すのではなくて、
色んな時代の建物を、積極的に残していかないと、
日本はうんと古い物と新しい物しかない場所になってしまう。

木造三階建ての商店なんか、何世紀も前の寺院と同じ気持ちで
一生懸命残さないと、なくなってしまうだろう。

もちろん耐震や防火の安全は出来るだけ確保した方がいいけど、
古い物を残すには多少の不便やリスクはつきもの。
民間の建物でも税金を使って所有者の苦悩に報いたいものだ。

歴史的な価値をどう評価するかは、国民のセンスと意志の力の問題だな。
何でも安全で便利な新品がいいなんてのは、あんまり賢いとは思えない。

文化財

大坂城と旧日記の転載方法変更のことなど

 古い日記を古い順に並べようと思ったけれど、日付を古くして書き込むとややこしいので、最初に書いた日付けを入れて、適当に上からどんどん書き込むことにした。「旧日記の転載方法変更」といってもただそれだけのことであります。

【2009年1月8日の日記より】

 今回は我が故郷大阪の城の話。大阪にも有名な城がいくつかあるが、大阪の城といえばまず大坂城。「阪」表記が定着したのは築城して大分経ってからのことだというので、カッコつけて古式の「坂」で書いてみる。

 子供の頃、大坂城を見ても「お城とはこんなものか」としか思わなかったけど、大人になって各地の城を回ってみると、大坂城がいかに巨大な城であるかということを思い知った。
 面積では江戸城の方が広いが、大坂城は徳川幕府による近世築城術の集大成ともいうべき城で、外様大名の資産を吐き出させ、江戸城では成し得なかった総石垣の日本史上最高の城である。これは大阪出身者の地元贔屓ではなくて、多くの城郭研究者の一致した意見だろう。多分。
 ただし、自分の好き嫌いでいうと、地元だから嫌いじゃないけど特に好きな城というわけではない。ちょっと立派過ぎて自分の趣味と物差しに合わないのだ。

大坂城京橋口方向

 中世から近世にかけて、大坂城は3回作り替えられている。初代は石山本願寺という浄土真宗の寺院。建設当初はただのお寺だったらしいが、16世紀の前半から山科本願寺との勢力争いや、武士権力との闘争を通じて軍事要塞化し、ついには織田軍団の攻撃を跳ね返すほどの大城郭となった。

 そして16世紀末、天下を掌握した豊臣秀吉が、本願寺大坂城の跡地に絢爛豪華な2代目大坂城を建てたが、これは徳川家康の計略で落城する。

豊臣大坂城
上は落城寸前の2代目大坂城を描いた「大坂夏の陣図屏風」。豊臣大坂城の天守は黒い壁に金の装飾という派手な姿であった。

 徳川幕府は豊臣大坂城の焼け残った部分まで徹底的に破壊し、その上に大量の土を被せて3代目大坂城を新築した。そこまでやった理由は大坂の地から豊臣の威光を払拭するためである。だから、今の大坂城とその周辺の土地を掘ると、2代目大阪城の石垣や掘が現れ、それは現在見られる大坂城とはかなり違った姿をしている。

 しかし近代に入ると、今度は明治政府が徳川の影響力を払拭するために豊臣氏の復権を図り、大坂城は豊臣の城というイメージが強められた。現在の大阪市民にもこの影響が残っていて、市民の多くが今も大坂城は豊臣の城だと思っている。

 徳川大坂城の天守は17世紀に落雷で焼け、以後再建されることはなかった。今ある豪華な天守は大阪市民が昭和の初めに150万円を出して建てたものだ。鉄筋コンクリートの歴史的根拠のない模擬建造物だが、築80年近くにもなるし、各地の模擬天守の先鞭を付けたという意味でも、これはこれで歴史遺産といえるかも知れない(取り壊しが決まった歌舞伎座と同じ国の「登録有形文化財」)。天守を城のシンボルとするなら、この市民大坂城が4代目の大坂城ということになる。

大坂城模擬天主

 幕末、大坂城には征夷大将軍の徳川慶喜と幕府の軍勢がいたが、倒幕軍が迫ると大将が愛人とスタコラ逃げ出したので不戦敗となり、混乱のうちに火をかけられ主要な建物は燃えてしまった。
 それでも戦前までは櫓や門がけっこう残っていて、昔の写真を見るとなかなかカッコイイ。しかしそれらも、昭和20年の空襲で失われ、城内には機銃掃射の弾痕やら、爆弾でずれたり焦げたりした石垣が残っている。
 空襲を免れた建物は、門と蔵がそれぞれ2つ、櫓が5つ。いずれも重文に指定されている。幸い市民の模擬天守も残った。

 大阪出身者としては、大阪の市民や企業が金を出し合って天守を上げたというのは誇りでもあるのだが、無い物ねだりな希望をいえば、架空の天守ではなく、本来そこにあった徳川時代の天守に建て替えて欲しい。できれば愛媛県の大洲城みたいに本格的な木造で。でも太閤贔屓の大阪市民は家康が大嫌いだから、徳川天守だというと前のように寄付は集らないな。

乾櫓01
これは現存最古の乾櫓(1620年代)

乾櫓02
そして同じ建物の明治期の姿。奥に見える多聞櫓や三層櫓は空襲で焼失。

天守外E
 平成9年、バリアフリーということで天守の外にエレベーターが設置され、模擬天守はちょっとおかしな姿になった。そもそも城とはバリアなのだから、それをフリーにするということは自から「これは城なんかじゃなくて城っぽい形をした博物館ですよ」と認めたことになる。
 でも展示内容は私の子供の頃に比べかなり充実している。特に大坂夏の陣図屏風を収蔵しているのはエライ。昔は展示がスカスカで、余ったスペースをイベントに貸してたもんなあ。

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日記の移動中

何かのときのメモにと、閉鎖的なコミュニティで
不定期に書いていた日記だが、友人の熱心なお薦めもあって(笑)、
公開可能なネタはブログで公開することにした。

最近はホームページよりブログが普及し
2千万近いブログが存在するという。
そうなると埋もれてしまって変な事を書いていても
誰かに叱られることもないだろう。

新しい記事とともに、過去の日記を
日付を遡ってポツポツとコピペする所存。

無料ブログなので広告がお目障りと思うが、
ここは比較的良心的。かな。

今後ともどうかご贔屓に。
プロフィール

Kimupon_Cicadan 木村 義志

Author:Kimupon_Cicadan 木村 義志
出身地 : 大阪市
現住所 : 東京都
1955年生まれ
科学図書執筆編集のお仕事
分野は生物学系

写真は特にクレジットや注釈がない限り筆者の撮影です。記事や写真についてのお問合せはなんなりと。
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